【第2章】一歩まちがえれば死んでいた…!?社会に出るも要領の悪さでバカにされ比べられる毎日

社会に出たら待ち受けていた鬼のような先輩

 

最初に入職した職場での、

入職2日目の1コマです↓

 

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先輩「シノッチ!ダンべー見てこいよ!」

シノッチ「え?ダンベル…?どこにあんすか…」

先輩「ちげーよバカ!お前マジほんっと使えねぇな~」

シノッチ「…」

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…まさに、これが地獄の幕開けでした。

 

出された指示が全く理解できない…

ダンベーとは、水産加工現場で使われる、海産物を運搬するための入れもの。

一時的な保存にも使われます。

 

それにしたって、いきなり専門用語で言われてもわからないっつーの…

 

さておき、

なにもかも中途半端だったぼくは、とりあえず時給800円のバイトで働き始めたのですが、

勤務開始2日目、いきなり専門用語で指示を出され、

まったく対応できず。

 

上記のダンベーなんてまだ良いほうで、

こんなやりとりもありました。

 

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先輩「フンゲ●✖△げっぴズンバカっちjoy…もってこいよ!」

シノッチ「フンゲ…ズンバカ…ジョイ?」

先輩「あぁ?おめーいい加減にしろよ!なんでそんな事もわかんねーんだよ!」

シノッチ「(罵倒するときだけわかりやすいのなんで…)」

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何を言ってるか、もはや聞き取ることすらできないことの方が多く。

リスニングテストなら完全に0点でした。

 

それだけでなく、出された指示がまったく理解できず、


完全に「使えないやつ」のレッテルを貼られてしまいました

 

こんな状況でも、

いわゆる要領の良い人だったら、前後の状況から何となく「あれかな?」と察したり、

 

それとなく先輩から聞き出したり、うまく切り抜けながら覚えていけたりするのかもしれませんが。



当時のぼくには到底無理でした…

みんな忙しく働いているので誰にも聞けないし、

よくある「見て覚えろ(キラッ☆)」的な職場だったので、


要領の悪い自分にはもう、ほんとキツかったです。

 

仕事自体もキツく、

(だめだ、もっとちゃんと教えてくれるところに行かねば…)

と、ぼくは早々にギブアップし、数か月で退職しました。

仕事ができな過ぎて、試用期間でクビになるところだった

次に挑戦したのは、郵便配達。

常勤職員としての募集だったのですが、運よく採用されました。

といっても扱いは時給920円のアルバイトでしたが。

ぼくは50㏄の免許しかもっていなかったので、原付バイクに乗っての配達です。

勤務初日は先輩について配達ルートを覚え、

2日目から地図を片手に一人で配達することに。


しかしまさか、2日目から独り立ちさせられるとは思ってもみませんでした。

 

それでも、

どうにかその日の配達を終え…



られるはずもなく…笑

 

結局、順路を覚えられず、夕方になってもその日の分の配達が終わらず、

その日の配達を終えた先輩たちに手伝ってもらい、ようやく一日の仕事を終える日々。

 

同時期に入職したぼくと同い年や、ぼくより年下の職員もいて、

かなり比べられました。

「おまえマジつかえねーな。○○くん見習えよ!」

ストレートに言われてキツかったです。


そして、あとで聞いた話では、ぼくは試用期間(たしか2週間)でクビになるはずだったけど、


所属していた集配科の班長さんが口を聞いてくれたおかげで、クビにならずに済んだそうでした。


本当にありがたかったですが、同時になんとも情けない気持ちでいっぱいに。

 

さらに、当時ぼくの採用を決めてくれた面接官の人に、

なぜぼくを採用してくれたのですか?

時いたら、

 

「マジメそうに見えたから」

とのことでした。

 

「けど、期待ハズレだったね」

 

と、これまたストレートに言われて胃が痛かったです…笑

 

しかしそれでも、かばってもらった以上は義理を果たさねばと思い、

この仕事はどうにか一人前にこなせるまでがんばりました。

しかし、そんな風にがんばり続けてさらに数か月後の、

ある暴風の日。


原付バイクでいつものルートへ向かう途中、


「ブチィ!!」

 

頭上で何か、

太いロープが引きちぎられたかのような音が。

 

ハッとして見上げると、頭上の電線がブチっと切れて、


「ブオーン!」

と風になびき、

 

そしてその電線が、

なんと前を走っていた先輩のバイクのハンドルに



「ビュルン!」

と絡まったんです。


完全にハンドルを奪われた先輩は


「ビターン!」

とバイクごと横転し地面に叩きつけられました。


その先輩はすぐに起き上がり、またバイクに乗って行ってしまいましたが、

そのあとすぐ病院へ検査に行ったとのことでした。


ぼくは電線がハンドルに絡み、倒されるまでの一部始終を見ていたのですが、

その光景が恐ろしく、目に焼き付いて離れませんでした。

 

リスなどが電線をかじって、そこから切れてしまうということがよくあるそうですが、



まさか切れた電線が、あんなにキレイにハンドルに絡まるなんて…

しばらくの間、ぼくはかなりビビりながら運転していたのですが、

数か月もすると、その恐怖もすっかり風化し、油断が生じました。 

 

ある日の配達中、

見通しの悪いカーブの出口で信号が赤になっており、反応が遅れたぼくは急ブレーキをかけるも、

 

止まり切れずにタイヤがスリップ。

ビターン!

と転倒し、

 

グルグル!と回転しながらカラダを投げ出され、

地面に引っかかった左手の人差し指と中指の爪がべローン。

この一件で、

次は自分が電線にハンドルを取られる番なのではないか…

自分はバイクに乗るべきではないのかも…

 

などと、ビビりにビビり。


結局退職してしまいました。

(またかよっ!)

(はえーよっ!)

 

そのころには、どうにか一人前に仕事をこなせるようにはなっていたのですが、

 

今思うと、あのままこの仕事を続けていたら、いつか大きなバイク事故を起こしてしまっていたと思います。

要領の悪いぼくにとって、二輪車の安定を保ちながら配達するという行為は、

ちょっと言いすぎかもしれませんが、

普通の人が一輪車にのって配達するのと同じくらいの難易度である感覚だったのです。

再び職を失ったぼくは、

もう配達はやめよう…と考えていました。

 

ワンオペ夜勤ができず同期と比べられる

そうして次に挑んだのは

「外にでなければ安全だろう…」と選んだ

ファミマの夜勤。

 

なぜ毎回アルバイトなのかというと、

自分は要領が悪く何をやってもダメだ…と思いつつ、何かしら働かねばならない。

そんな強迫観念に近い感覚で、とにかくバイトでも何でもしなきゃと思っていたからです。

(実家で生活費もろくに入れず、ずっとスネかじりしてました)

 

引きこもってしまいたいくらいでしたが、母が病気がちのため、そうもいきませんでした。

(それなのにスネかじってたのかい…!)



では気を取り直して、続きをどうぞ!

(ごまかすな!…笑)

 

そのファミマはわりと田舎だったためか、

夜勤はなんとワンオペ。


まずは昼間の勤務で慣れてから、夜勤デビューするとのことでしたが、

ぼくがあまりに覚えが悪く仕事も遅かったため、

店長に「これじゃまだとても夜勤はムリだわ」と言われるそばで、

同時期に入った年下の大学生は、そうそうに夜勤を始めていました。

 

また、ある日店長に

「まあ気を落とすなよ。○○君(大学生)は仕事早いけどちょっと雑なところもある。」

「シノッチくんは遅いけど丁寧。やってればそのうち早くなるよ。」

と励まされ、ここでもまた、なんとも情けない気持ちになりました。

(めちゃいい励ましをしてくれてるのに、この時の自分には全然わからず響かずで…)

しかし、もともと一人で夜勤をやるということを知らなかったぼくは、

「だめだ、自分にはできっこない…できる気がしない」

 

完全にビビり、このままやっていける気が全くせず、

電話一本でやめました。

 

すみません。

いわゆるバックレです(-_-;)


しかし、

自分でやっておきながら、


なんちゅう辞め方しちまったんだ…

なんでぼくは、こんなにもできないんだ…


なんでこんなにダメなんだ…

何をやってもダメだ。何をやってもついていけない…


うう~

と考えながら、某コンビニへ行くと、
僕は気づいたのです。


「あれ、ここは夜勤を2人でやってるぞ?」

 

2人夜勤なら今度こそいける!はずだったが…思わぬ落とし穴が

ぼくは深夜のセブンイレブン(以下セブン)を訪れたときに、

2人で夜勤をしていることに気づき、


今度はセブンで働くことにしました。

(安易だなぁ)

 

ファミマでの失敗を活かしつつ、夜勤が2人だという安心感からか、

どうにかメモをみながらできる程度には
仕事を覚えていくことができ、

ついに夜勤を開始しました。

 

(ようやく1人前にできる仕事に着けた…)

 

ホット胸をなでおろしたのもつかの間。


ある日オーナー店長がやってきて

 

店長「シノッチ君さ、これみてよ」

シノッチ「…ええ、なんです?」

店長「これなんだけど」

グラフのようなものを見せられる。



店長「君が来てからさ、売り上げおちてんだよね」

確かに売り上げのグラフがガクッと落ちてる…

 

これもまたショックでして。

 

ぼくは確かに仕事ができなかったけど、その分お客さんに失礼がないようにと、

自分なりに神経をすり減らしてきたつもりでした。



声をかけてくれるお客さんも増えて、それなりに役割を果たせているつもりになっていました。


なので、できているつもりになっていた自分と、ぼくのせいで売り上げが落ちたという事実に、ただただショックでした。

(やっぱ、今のままの自分では通用しないのか…?)

(もしかして、自分は役立たずなのか…?)

そんな風に考えるようになっていきました。


それでも、

どうにかこのセブンの夜勤を2年ほど続けることができていました。

 

そんな日々もつかの間、毎日の夜勤生活で少しずつ体に不調を感じ始め、

年齢的(当時23歳)にもそろそろちゃんと正社員とかにならねば…

と考えるようになりました。

 

そこへタイミングよく、

友人の職場で正社員のルートドライバーを募集しているので(公募はしていない)一緒にやらないか、というお誘いをもらいました。

 

先の見えない日々に戻りたくなかったぼくは、思い切って2つ返事でお願いしました。

 

ぼくは要領は悪くても体力はある方だったので、そこを買って声をかけてくれたそうでした。

 

2トン車でお酒を運ぶとのことで、かなりの重労働だと言われましたが、

 

トラックならバイクのように転ばないし、一人でやる仕事なら自分のペースでできるし

今よりもっとやれるかも!?

 

と、淡い期待。

本気でそう思っていました。

 

…完全にナメきっていたのです。

 

このあと、またもや要領の悪さで、

予想だにしなかった地獄の入り口をのぞき込むことになるのです…

第3章へ続きます↓

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ABOUT US
しのっち

こんにちは、しのっちです。

看護師を辞めて4か月で前職の収入を超え

現在は1日4時間の作業で家族を養いながら 次のビジネスを模索中の2児のオヤジです。

今でこそ、そこそこ涼しい顔して生きていますが、

HSP気質な上に、
もともと超・要領が悪いため、
かなりの遠回りを経てここまできました…

これまでの経歴としては

・人間関係になじめず高校退学
・要領悪すぎて職を転々
・高速道路で事故る
・ビビッて決断ができず、株で貯金が消し飛ぶ

まだまだありますが、

とにかく周りを気にし過ぎ、何をやってもダメ過ぎて、

ダメにダメを塗り重ねたような人生でした…笑


そんなぼくが、
いったいどのようにして、 今の今まで生き延びたのか?
知りたい方は以下のリンクからどうぞ♪

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